小川郷太郎の「日本と世界」

安倍総理談話と海外の反応について(所見)

2015年8月20日

1.談話(2015.8.14.)のポイント
(1)全体として、日本の過去の行動についてこれまでの総理談話に比しより具体的に触れたことは新しい要素で評価できるが、全体として自身の気持ちというより、やや第三者的もしくは評論家的表現が見られるのは惜しい。
(2)最初の部分で、20世紀の歴史を振り返る叙述は物事を広く見る点で大変良い。
日本が経済的行き詰まりを力の行使で解決しようとしたことや世界の大勢を見失い、新しい国際秩序への挑戦者となり、進むべき針路を誤って戦争への道を進んだとの発言は謙虚さを示し、好印象を与える。ただし、西欧諸国を中心とした植民地化に触れつつ、日露戦争が植民地支配のもとにあった多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけたとの記述は文脈上やや違和感を与えるし、日本の朝鮮半島植民地化には触れないのは物足りない。
(3)戦火を交えた国々の人々の苦しみに触れ、とくに深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちにも言及。さらに末段で、「戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続ける」と述べ、今後この分野で世界をリードするとの決意を表明。韓国に一定の配慮を示したものだが、直接のおわびはない。
(4)「事変」「侵略」「戦争」に触れ、「植民地支配から永遠に決別」「先の大戦への深い悔悟」に言及。また、我が国が先の大戦について「繰り返し痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明してきた」等述べているが、事実の記述であって、総理自身の気持ちが直接的には表明されてはいない。もっとも、その後で、「こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎない」としたことで補っている。
(5)戦後の中国による残留孤児への支援、米、英、オランダ、オーストラリアなどの元捕虜の寛大な行為への謝意を表明したことは、関係国に好印象を与える。さらに、敵国であった米、豪、欧州諸国等からの戦後の支援にも言及がある。
(6)子や孫、その先の世代の子供たちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない旨の記述は正当であるが、重要なことは現在の世代がどのようにそれを達成していくかには触れていない。
(7)「歴史の教訓を胸に刻み、より良い未来を切り開いていく」としつつ、「法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべき」というのは、中国へのメッセージとも受け取れる。
(8)最後の部分で、戦後の日本の平和への努力に触れ、今後も価値を共有する国々と手を携えて「積極的平和主義」の旗を高く掲げて貢献する意志を表明したが、戦後の日本の貢献はもう少し具体的に述べた方が良かった。なお、「積極的平和主義」については、これまで必ずしも具体策が明確ではないし、むしろ軍事ないし安全保障上の「平和への貢献」と受け止めらかねないことにも留意すべきである。

2.談話内容についての評価
(1)自身の思いを抑え、内外の意見や想定される海外の反応を相当考慮した賢明なもの。これまでの言動から予想された内容よりははるかに謙虚なもので、近隣国等にとって強く異論を唱えにくいと思われる。
(2)20世紀前半の国際情勢を含めた広い視点と第二次大戦後前後の日本の行動について客観的に述べた点(とくに、日本の行動が「侵略」であったことを認める趣旨など)は評価される。
(3)自分の意見や立場を直接表明するというより、歴代内閣の立場に言及する間接的な方法ではあったが、最低ラインである「歴代の内閣の談話継承」という立場は、「揺るぎない」という表現で明白。また、「お詫び」に関し、「悔悟」という強い表現を自らの立場として述べたことは、これまでの立場からの前進でもある。
(4)中国が最重要視していた「侵略」についての認識は入った一方、韓国に対しての直接的立場表明は殆どなく、植民地支配への反省や悔悟のニュアンスは乏しい。韓国との関係では、「歴代内閣の立場継承」によって植民地支配へのお詫びの意が含まれていると言いうるが、同国の反応が注目される。
中国と韓国に対し異なるアプローチをとった意図は那辺にあるか。頑なな韓国の姿勢への意趣返しであれば、せっかく示した謙虚さを損なうことになる。
(5)談話の長さは24分。弁解調でなく誠実に話す姿勢は良かった。

3.内外の反応について(報道から)
(1)国内:「広く国民に受け入れられる内容」「談話が間接的で自分の言葉で言っていない」「主語が不鮮明」等の論評あり。
(2)中、韓とも若干の不満は延べつつも抑制された反応であった。安倍総理の作戦勝ち?
中国:「日本はあの軍国主義侵略戦争の性質と責任に対してはっきり、かつ明確な説明を行い、被害国国民に真摯なお詫びを行い、重大な原則問題でごまかしを行ってはいけない」「中日国交正常化以来、日本が歴史問題で中国側に行ってきた厳粛な態度表明と約束を切実に守り、侵略の歴史を直視して深く反省するとともに平和発展の道を堅持し、実際の行動でアジア隣国や国際社会の信頼を取り戻すよう促す」(華春宝外交部副報道局長談話)
メディアは、「直接のお詫びを避けた」などと批判。
「文脈の誠意は村山談話と遠い(人民日報)」
韓国:「日本の侵略と植民地支配がアジアの様々な国の国民や慰安婦の被害者らに苦痛を与えたことに謝罪と反省を根幹とした歴代内閣の立場が今後も揺るがないとはっきり明らかにした点に注目している。…慰安婦問題を速やかに適切に解決することを望む。困難は多いが、正しい歴史認識を土台に新しい未来に共に進むべき時だ(朴大統領の光復節演説)」
「日本政府が今後具体的な行動で実践していくかを見守る。…慰安婦問題など懸案の早期解決のために積極的に望むことを求める。…北朝鮮核問題や経済、社会文化などの協力や北東アジアの平和と繁栄のための域内協力は継続して強化していく(外務省報道官論評)」
(3)米、豪、比政府などが談話を評価したほか、メディアでは、「安倍首相自身の言葉による率直な謝罪は避けた(ワシントンポスト電子版)」「彼自身の言葉による新しいお詫びは表明しなかった(ロイター通信)」などの論評がある。