小川郷太郎の「日本と世界」

フランス柔道誌 L’Eprit du Judo 「柔道の精神」
8・9月号 小川郷太郎便り(第3回 和訳)

山口香の「美しい柔道」論

試合規則の変更及び最近とみに速いテンポになった国際試合運営方法の変化は、本誌でも既に取り上げられてきた。もちろん日本でもこれらの問題についてはしばしば話題になるが、通常は私的なレベルでの議論に留まっている。しかし、日本の女子柔道のパイオニアであり、1984年世界選手権(52kg級)優勝、88年のソウル・オリンピック銅メダルの山口香氏は例外である。同氏は柔道に関する幅広いテーマに関して思索し、意見を表明している。昨年1月1日に「柔道を考える」という自身の日本語のブログを開設して、国際柔道連盟(IJF)と日本の役割、日本が再興を目指す柔道とはいかなる柔道であるべきか、真の柔道とその普遍性などのテーマに踏み込んでいる。日本柔道界の運営に関しても、講道館と全柔連の機能や権能の分化を唱えたりして、物議をかもし出すこともある。 2008年10月のIJF臨時総会以降の試合規則の変更については、肯定的効果があったことも認める一方で、変更の際に選手の意向を考慮しないようにも見えるやり方を批判する。山口氏は、「規則を変更する必要があるときには、いくつかの国際大会にそれを適用してみてその結果を検証してから実施するべきである」とし、また、相手の足を直接攻撃する選手をその場で反則負けにするというのは問題であるとも述べている。彼女はIJFの活動にも注意深い眼を向ける。理事会メンバーの過半数をマリウス・ヴィゼール会長が指名する現在のシステムについて、「これは会長に反対する人物を遠ざけることになりかねず、独裁体制に繋がる虞れがある」と警鐘を鳴らし、「加盟各国の連盟が意見表明できるよう理事は選挙で選ぶべきである」と提案する。大きな国際試合には各階級に各国から2名まで参加できるようになったことに関しても、「大きな国を有利にし、小国は選手派遣に躊躇することにもなりかねず、ひいては柔道の世界を狭くする」危険性をも指摘する。さらに、IJF主催の国際試合に出場する選手はIJFと契約した柔道着メーカーの製品しか使用を認めないとする最近の決定については、これは柔道の普遍性を損なうとして懸念を表明する。彼女によれば、それは選手の個人負担を増やすもので、貧しい国の連盟にとっては選手の柔道着を確保することが困難になる事態も起こりうるからである。 山口氏は「正しい柔道」とは何かについても自問し、「何が正しいかについては定義が難しい。『美しい柔道』を求めるべきで、美しい柔道とは、相互に引き手と釣り手をしっかり持って前傾姿勢になることなく自然体に組み、攻撃する意思を持って一本を取れる技をかける、ことなどである。負けても美しい柔道はある。」と述べている。 かつては男性優位の社会であった日本で山口香氏は孤軍奮闘している。しかし彼女の言動は、その議論の質と改革の精神において大いに特に注目に値する。私は、「美しい柔道」実現に向けた彼女の一貫とした情熱を感じる。山口氏のブログを見た者からの反応は多くなり、このサイトは柔道に関する貴重なフォーラムとなりつつある。根拠があり開かれた論議は国際的議論の材料ともなるものである。 山口香氏のブログのURLはhttp://blog.goo.ne.jp/judojapan09 である。同氏のブログの議論の主要点をフランス語でまとめたものは筆者のホームページ www.judo-voj.com を参照願いたい。