小川郷太郎の「日本と世界」

共通の資産 

フランスは柔道大国であって、それは日本にいてもよくわかる。1月に私は10日間にわたる講道館の寒稽古に参加した。寒稽古とはご存じの通り、1年の一番寒い時期の早朝に行われる伝統的な練習方法である。科学的に言ってどの程度柔道の上達に効果があるかは知らないが、日本では、朝早く起きて寒い中で稽古をすることが我慢強さを養うと信じられている。実は、私はもうたいぶ年もとったし仕事もあるので毎日行くことをためらっていたのだが、柔道に熱心な若いフランス人の女性に「なぜ毎日来ないの?」と言われて決心した。彼女は私の痛いところを突いたのだ。彼女から臆病者と思われたくないので、結局毎日講道館に通うこととなった。何百人の柔道修習者が参加した。寝技を指導している松村先生のグループに入った。昨年もそうだったが、そこには10人あまりの外国人が来ていて、大部分がフランス人である。彼らが寝技に相当成熟しているのが印象的だった。私は、フランス人は凄いなと思った。
寒稽古に先立つ何週間か前に、フランス柔道連盟副会長のミシェル・ブルス氏が日本外務省の招聘で来日し、いくつかの講演を行った。日仏会館で行われたそのうちのひとつを拝聴したが、その時の演題は「柔道はフランスの国技である」というものであった。柔道の本家として誇りを持つ日本人にはやや刺激的な演題だったが、話の内容は多くの日本人柔道家を印象付けた。とくに、すでに柔道・柔術が19世紀末からフランスで知られ、急速に世間の関心を呼びおこしていた事実である。この柔道に関する碩学(彼は日本柔道の歴史についても私より遥かに詳しい)は、フランス人が柔道に関心を持つ理由を分析して、とくに、日本の持つ魅力、柔道をフランス的考え方に適合させることを挙げ、さらにフランス人や日本人の柔道指導者たちの存在とその役割を説明した。日本人にとって、柔道を修行することの価値並びに柔道の徳目(礼儀、勇気、謙虚さ、尊敬等)がフランスにおいてこれだけ多くの人の関心を惹きつけていることを知ることは、大いに勇気づけられる。もっとも、これらのことに関して日本の状況を考えると心寒いものがある。結びでブルス氏は、スポーツとしての柔道と教育手段としての柔道の均衡を図ることを「今日の課題」であると形容した。この指摘はまさに日本にとっても極めてよくあてはまる。ブルス氏の講演は我々の思考の糧を養ってくれた。日本に何かを探しにやってくる多数のフランス人柔道家が常に存在することも忘れてはならない。中でも、名門校エコール・ポリテクニックの数十名の学生柔道家たちが2年に一度日本を訪問する。名誉なことでもあるが、これを見て、著名なエリート校でこれだけ多数の学生が柔道を選択していることに驚きを感じる。日本では最近、多くの大学でチームを形成するしっかりした柔道部員を集めることが難しくなっている現実があるのにだ。柔道の価値という問題がこの現象に隠されている。もうひとつの事例を見てみよう。数日後、フランスのスポーツ青年省のヴァレリー・フルネロン大臣が訪日する。同大臣はこの機会に、山下泰裕氏と会い、柔道を通じた日仏協力について協議する予定である。私もそこに同席する。嘉納治五郎師範の教えを基盤にして両国が世界に柔道を振興することが我々の利益に適うのは明らかだ。両国の柔道交流によってそれは成し遂げられる。アテネと北京での金メダリストの谷本歩美がフランスで2年間柔道を指導中である。彼女がこれから日仏間の柔道協力の強化に寄与してくれることを願っている。我々日本側はこの道に向かってさらに積極的で大胆に行動していかなければならない。フランス人柔道家の多くが岡野功氏によるフランスでの講習会の実現を望んでいる。岡野氏はフランス人にとって技術面における宝物でもある。この野心的な構想を実現させて柔道にとって素晴らしい行事になるようにしたい。もう一つお伝えしたいが、きたる9月に日本の七つの大学の学生柔道チームがフランスを巡回する予定である。日本が柔道に関して新しい時代を開拓し、フランスの柔道指導者やフランス全国の柔道家が参画できるようになることを望みたい。日本とフランスとの柔道協力は、私が全柔連の特別顧問としてやりたいことのひとつでもある。自他共栄でもある。