小川郷太郎の「日本と世界」

 

変えるべきものは変え、変えてはならないものは守り抜く
(宗岡全柔連会長インタビュー)

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柔道との関わり
小川:ご多忙のところを時間を頂き感謝します。会長に会うと思い出すのは一緒に稽古をした東大柔道部時代のことです。寝技を中心に練習していたが、引き込まれたあと貴兄の足を越えようとしても越えられず、揉み合っているうちに、短足ぞろいの仲間のなかでは長くて太いその両足で前三角でよく絞められたことだ。入部したばかりの後輩なのに強いなあと驚いたが、後に主将を務めた実力者だから納得がいく。
宗岡:先輩にそんな失礼なことをした記憶は全くありません(笑)。
小川:やはり小さい時からやっていたことが効いている。
宗岡:7段だった父から勧められて、柔道は小学校から始めた。高校、大学で怪我をして入院したとき以外は一日も稽古を休まなかった。しかし、卒業後はほとんどやっていない。稽古は相当厳しかったがそれに青春をかけ、燃焼しつくした感じだ。
小川:しかし、問題の多かった柔道界の改革という「火中の栗」を拾ったのは、やはり柔道に対する変わらない情熱からだろう。
宗岡:柔道に鍛えられ育てられた者として、世界に誇る柔道の名声が我が国で崩れ落ちていることを見るに忍びなかった。亡き父からも「義を見てせざるは勇なきなり」と教えられていた。迷ったけれど、逃げるわけにはいかないのでお引き受けした。
小川:これまで閉鎖的だった柔道界に世界的大企業の経営者が会長に就任したことで、改革への期待も大きい。就任後2カ月余りが過ぎたが、ご感想は?
宗岡:柔道界が内向きになり、社会の常識からずれてしまっていた面がやはりあるのではないか、と感じている。僭越な言い方ではあるが、もし自分自身もずっと柔道界にいたのであれば、そうした面に気づかず、改革の必要性に思い至らなかったかもしれない。

嘉納師範の教えを原点にして・・・
小川:会長は就任後、「嘉納師範の教えを原点にして、変えるべきところは変え、変えてはならないところは守り抜く」と語っているが、具体的にどういうことか。
宗岡:柔道界は今日いろいろ問題を抱えている。まず、不祥事もあって世間からも批判されていることのなかでも、法令や社会的な倫理・規範に反する状況は変えなければならない。つまり、「コンプライアンス」を実現することが第一で、具体的には暴力、補助金の不正使用、セクハラなどを徹底的になくしていかねばならない。先般、内閣府から指摘されたガバナンス(組織運営)の問題も着実に改善していく。透明な組織に変えて説明責任を果たせるようにしていきたい。そのため、まず理事会のメンバーを一新した。次の課題は60名ぐらいいる評議員会の人数を半減し、構成も変えることだ。
小川:先日行われた初の理事会では、新しいメンバーもいて活発な議論があったと聞いているが、評議員会の改革は出来そうか。
宗岡:70歳定年制や人数の半減にはいろいろ議論がある。しかし、8月末に全柔連として内閣府に約束した実施事項についてはやらないことがあってはならないことだ。そもそも60人もの役員のいる組織では迅速な対応ができるはずはない。自分が率いる新日鉄住金の取締役数も12名ほどだ。世の中の動きに対応していくには効率的な決定過程が必要だ。何としても変えなければならないし、そのためには定款の改定も必要になるが、本年中にはこの改革を実現させて内閣府に報告しなければならない。そのため近石専務理事にも頑張ってもらっている。
 改革実行には実務レベルの組織の強化も必要であるので、柔道界の外部の人材も含めて陣容を補強していきたいが、人件費との関係も考えなければならない。
小川:「守り抜くこと」とは何か。
宗岡:柔道の教育的側面だ。嘉納師範は教育者であり、文武両道を目指し柔道を「道」として具現化した。武士道という日本固有の精神も織り込んで柔道に知性や品性を持たせた。世界中で柔道が信奉されている理由は、この点にあると思う。この原点は変えてはならないと考えている。
 いまの柔道はどうなっているのか。強ければいいという風潮になり下がってはいないか。強さだけでなく品性が重要である。たとえば最近の試合を見ても品性に欠ける行動が目につく。勝つことにこだわりすぎて、コーチや指導者のレベルでも応援の仕方や指示の出し方に見苦しいものがある。そういう指導者に育てられた選手には、勝って派手なガッツポーズをする者もおれば、負けていつまでも畳の上に寝そべっている者もあって、見るに堪えない。「勝って奢らず」は敗者への配慮でもあり謙虚さでもある。さらに言えば、大事な試合で勝ったり負けたりして人前で泣いたりするのは、平常心を説く武士道の考えに悖る。柔道は本来精神性や品性を備えたものであるが、最近はそこが抜け落ちている。剣道では、一本を決めてもガッツポーズをするとその一本は取り消される。ラグビーでトライを決めてもガッツポーズをしないのはチームプレーの一員にすぎないとの自覚があるからだが、イギリスの紳士的伝統なのかもしれない。
小川:会長は、ある雑誌の対談で「もう一度、若い世代の柔道から見直さないといけない」と言われているが。
宗岡:勝つことにこだわり過ぎる柔道のあり方は考え直す必要があると思う。若い世代に柔道離れの傾向もあるのは残念だ。柔道の魅力が社会に伝わらなくなってしまっているとしたら大変遺憾だ。時間はかかろうが、若い世代に教育的側面から柔道を学んでもらいたいという気持ちである。
そして、柔道の底辺を広げることが非常に重要だ。フランスでは競技優先ではなく、子供たちが気軽に柔道を楽しみながらやっていると聞く。指導者制度のあり方も含め、海外の例も参考にして考えてみたい。

選手の意向を聞いていく
小川:国際試合での日本柔道の成績も芳しくないが、選手強化方法などについてはどう考えているか。
宗岡:現在、斉藤仁強化委員長のもとでこれまでの反省も踏まえ、いろいろ検討してもらっている。山下副会長とも相談しているし、強化陣には井上康生監督をはじめ立派な人もいる。執行部と選手との関係を改善しようとして「アスリート委員会」を設置した。選手の不満や要望を聞き、意思疎通を良くしていく。選手を強化するうえで、中央(強化委員会)と地方(各選手の出身母体や所属先)との連携も改善していきたい。練習方法をこれまでより合理的なものにしていくことも重要だ。

柔道の「外交」も必要
小川:柔道が国際化した現在の状況をどう見ているか。
宗岡:柔道が真に世界的になったのは喜ばしいが、他方で柔道の国際試合に派手なパフォーマンス的要素が加わったりして、先ほど言った柔道の品性という点でどうかと思うし、また、ルール変更や審判のあり方に疑問を感じる点もある。
しかし、国際的な柔道が変わってきているからと言って日本だけの考えで直そうとしてもできるわけではないこともわかる。柔道を取り入れた各国にはそれぞれの文化的伝統もあるし、国際的な流れもあるだろう。柔道が国際化することについては、そうした側面に対する理解も必要ではあろう。言ってみれば、国際柔道においても「外交」が必要ではないかと思う。ただ、詳しくは知らないが、今まで日本は柔道の国際的運営に必ずしも積極的に関わってきてはいないように感じている。幸い、国際柔道連盟(IJF)や各国・地域の柔道連盟には立派な人たちが少なくないし、誰もが嘉納師範の柔道を信奉していると思う。柔道を良くしていくため、柔道創始国の日本がそういう人たちと意見を交換し連携・協力することはとても重要だと思っている。日本の理事がいなくなったIJFのビゼール会長ともぜひ良い関係を維持していきたい。そんなこともあって、今回元外交官の小川さんに国際渉外担当の特別顧問をお願いしたわけで、IJF や各国との連携・協力にご尽力いただきたい。(註:11月1日付で、小川が特別顧問の委嘱を受けた。)

講道館との関係
小川:全柔連と講道館の関係について、これまで段位付与制度の問題を含めいろいろ批判がある。先般来、全柔連会長と講道館長のポストが二人の異なる人によって担われることになったことをふまえ、全柔連会長として、講道館との関係をどう考えていく所存か。
宗岡:講道館との関係は極めて重要であるが、多様な側面があり複雑でもあると認識している。時間がかかるとは思うが、各方面の意見や上村講道館長の考えも聞いて考えていきたい。
                         (2013年11月1日収録)