小川郷太郎の「日本と世界」

ODA削減  外交戦略の大きな誤り

                            

先月閣議了解された来年度予算の概算要求基準では、政府開発援助(ODA)を含むその他経費は3%の削減となった。近年、世界各地で紛争中や紛争後の国の復興のために必要な援助が拡大、欧米や中国がODA予算を増やして対応している日本にとって、ODAは国際社会に貢献するための最大で最も有効な手段である。私はイラクとアフガニスタンの復興支援の担当をしてきたが、両国の指導者や国民が繰り返すのは、「日本は軍事力を使わず、政治的な意図も持たず、我々の国の復興のために尽くしてくれている」というが、日本は過去10年間で38%も予算を削減してきたため、国際社会での影響力を失いはじめつつある。
紛争解決に武力を行使しない感謝の言葉だった。
「顔が見えない」と自虐的に批判される日本外交だが、国際社会の中では、従来から日本の顔ははっきりと輪郭を持って認識されている。世界最大の援助国であった期間を含め、何十年も途上国の開発を支援してきたこと、軍縮分野などでの一貫した平和外交が、その輪郭となっている。例えば、昭和天皇の大喪の礼では、アフリカなど途上国から多数の元首が出席し、国連でも日本提案の決議案を巡って多くの途上国が日本を支持してくれた。それは日本の「顔」が明確だったからだ。  
しかし、継続的なODA削減で、この地位が揺るぎはじめている。1990年代を通じて、日本は世界最大の援助実績を誇っていたが、昨年の実績は米、英に次ぐ3位であり、4位、5位の仏と独にも追い越されそうである。資源獲得を目指す中国も途上国援助を急速に増やしている。
2000年から3年ほど私はカンボジア大使を務めた。ODAによって日本との関係は緊密で、日本の援助で初めてメコン河に架けられた「きずな橋」の写真を新札に刷り込んで感謝してくれた。一方、中国の東南アジアへの接近政策が深まる中で、カンボジアを含めひしひしと中国の影響力が浸透するのを感じた。日本の対アフリカ諸国援助も縮小を余儀なくされているが、中国は逆に援助を大きく伸ばし、アフリカへの影響力を強化している。国連安保理改革で日本が苦戦しているのもこうした事実と無関係ではない。
アフガニスタンでも、当初から日本が復興支援で主導的な役割を担ってきたが、このところ欧米諸国の支援強化で日本の役割が相対的に低下しつつある。このままでは日本が数十年にわたって築いてきた国際社会での評価を弱めるおそれが強い。継続的なODA削減は、日本にとっての外交上の戦略の大きな誤りというべきである。  
もちろん、財政再建という国の大きな目標に沿って一定の削減は甘受しなければならない。しかし、過去10年間で国の一般歳出予算が7%増えた中で、ODA予算は97年の1兆1687億円から今年度は7293億円に激減した。実に38%もの削減で、一般歳出におけるODA予算(今年度)の割合が、わずか1.6%であることにかんがみれば、3%程度のODA予算削減は財政赤字削減の目的にごくわずかしか貢献しない点で、極めて不合理でもある。
日本はODAを相当程度増やすことによって、「平和外交」の「顔」を取り戻し、失われつつある評価や影響力を回復することができる。数字の上では、7兆円規模の予算費目をわずか1%削ることでODAは10%近く増額することが可能だ。内政、外交を包含した国全体の戦略的国益思考が求められる。